負け続ける人生は無意味なのか?

おもちゃ屋さんのミニ四駆大会で負けて、

運動会の徒競走で負けて、

受験戦争に負けて、

社会人生活に負けて、

派遣アルバイトに負けて、

僕は人生のあらゆるシーンで負け続けてきました。

負け続ける人生は無意味なのか?

勝っている人は勝つことにより自信を深め、

多くの人に認められて人として豊かになっていきます。

逆に負けている人は負けることで自信を失い、

無力感に悩まされながら負け続けるようになります。

 

例えばイジメられて引きこもった人を想像してみて下さい。

学校でイジメられて人と上手く付き合うことができなくなり、

その経験がトラウマとなって社会復帰できない。

残酷ですがこれが典型的な負け続ける流れです。

過去をずっと引きずっているのが悪いのか。

いつまでも自宅に引きこもっているのが悪いのか。

そもそもイジメの標的になるような生き方をしていたのが悪いのか。

イジメの標的になった理由は特にないかもしれないし、

トラウマを抱えて負け続ける人生を強いられても誰も責任を取ってくれません。

なんとなくイジメられて、無理やり社会不適合者にされて、

立ち上がらないお前が悪い

と罵倒される。

理不尽に思えますが、これが現実です。

 

ここまで悲惨でなくても、

教室の隅っこに追いやられたことで、

馬鹿にされて笑われてきたことで、

周囲の環境に溶け込めなかったことで、

劣等感と敗北感をセットで植え付けられた人は大勢いると思います。

 

そうなった時、誰かが助けてくれるかもしれないし、

誰も助けてくれないかもしれません。

つまり、他人は期待できないから自分の負け癖は自分でどうにかするしかないんです

これは短絡的に「勝て!」と言っているわけではなく、

負けること、負け続けることを自分の中でどう消化するかということです。

だから僕達はなんとなく幸せになるんだ

2019年6月24日

負けてばかりの人生をやめる?

負けてばかりの人生を送ってきた僕は、

勝ったとか負けたとか考えるのに疲れたので、もうそのような価値観で生きるのをやめたいと思っていました。

しかし、いくら「勝ち負けはどうでもいい」と口で言っても、

本心では「あわよくば勝ちたい」と考えているので、

勝ち負けは気にしてませんポーズはただの逃げにしかなっていないことに気づきました。

 

だから仕方なく本心に従って、

僕は何かをする時は常に「勝ちたい」と思いながら取り組むようにしています。

そして、負けたら反省と学びを得るようにしています。

これはお世辞にも立派な姿とは言えません。

ただ、負けの連鎖が続いて負け続けることの理不尽さにブチ切れているだけだからです。

 

強がりとか屁理屈ではなく、

勝ったら充実感が得られて、負けたら学びを得られる。

つまり、どう転がっても自分にはメリットしかないと考えるようにしたら、

少しだけ気が楽になりました。

 

「勝っても学ぶことはできるよね?」

という声が聞こえてきそうですが、

負けた場合は、悔しさや劣等感が次へのモチベーションを生みます。

勝ちにも負けにもそれぞれにしかないメリットがたくさんあるから、

一概に負けることが悪いことだとは言えないのです。

 

また、「努力は報われる」とか「夢は叶う」みたいな考え方は単なる願望でしかないので、

最後まで負けっぱなしで終わるかもしれないという覚悟はしておいた方がいいです。

・負けても成長することはできる

・成長が続けば勝てる日が来るかもしれない

・勝てる日が来なければ成長し続けるのみ

・最後まで勝てないままかもしれない

こんな感じですね。

 

ニーチェの言葉に「私を殺さない限り、私はますます強くなる」というものがあります。

中二感をくすぐられるので気恥ずかしい気もしますが、

僕の胸中はまさにこれです。

相変わらず負けてばかりの人生だし、

勝てる日が来るのかすら分からないけど、

僕はまだ死んでいないので、そこから這い上がり成長することができます。

ニートというだけでクズ扱いしてきた床屋のおっさん。しかし僕の収入を聞くと…

2019年5月12日

負け組の逆転方法

「負け」と相性がいいのは「表現」です。

絵、音楽、小説などは負け続けることで味が出てくることもあります。

実際、歴史上の作家や芸術家には、

実生活では何をやっても上手くいかない負け組だったり、

生前は誰にも評価されずに負け続けた人が大勢います。

 

「彼らは単に不遇だっただけで、才能があったから」

そうなんです。

僕らは太宰治や宮沢賢治のように生きることはできるけど、

太宰治や宮沢賢治のように作ることはできません。

負け続ける人生を正当化するために、

才能を持った人に自分を重ねることほど醜く痛々しいことはありません。

 

そもそも何をもって太宰治や宮沢賢治が負けていたと判断するのか?

それを考え出すと話がこんがらがるので、

ここでは彼らが「様々な悩みに苦しめられていた」、

という意味で負けていたと考えることにします。

 

負けている人の苦悩、絶望、焦燥、飢餓感は多くの人の心を動かします。

なぜなら、人生で一度も負けたことがない人はいないからです。

つまり、負け続ける人は負け続けることで、

勝ち続ける人が持たない武器を手に入れられるのです。

それは負けている人の気持ちに寄り添えるということ。

負けて苦しむことは才能が無くてもできることなのです。

 

僕はこのブログは負け続けていると思っています。

PV数はもちろん知名度、文章力、コンテンツ量など、

あらゆる部分で上には上がいます。

しかし、負け続けていることで共感が集まったり、

順風満帆でないことがフックになって記事を読んでもらえることがあります。

 

今後も負け続けることで、いつか勝てる日が来るのか。

それとも負け続けるだけなのか。

負け続けるだけは嫌だけど、負けの数だけ立ち上がっているとしたら、

理論上は滅茶苦茶成長しているはずです。

そう考えると興味深いような楽しみなような、こそばゆい気持ちになります。

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渡辺
1990年生まれ

静岡出身

大学卒業後、就職するもすぐに退職。

工場派遣としてカップ麺のタレをかき混ぜ続ける毎日に嫌気がさしてアフィリエイトを始める。

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