
この記事は少し長くなるんで読むのが面倒な方はこちら↓だけご確認下さい。
名前:渡辺文也(@mitearukuhito)
出身:静岡県
年齢:1990年生まれ
職業:ブログ屋
お問い合わせ先:bremen.dream@gmail.com
大学卒業後に勤めた会社を1年経たずに退職しました。
その後は本格的なニートとして活動して、金欠からブログアフィリエイトに取り組んで今に至ります。
現在はプレイヤーとしてアフィリエイトに取り組むかたわらで、個人向けコンサルティングや有料noteの販売なども行っています。
僕は現在、アフィリエイターとして活動しています。
会社員、ニート、アルバイトと様々な経験をしてきましたが、「これには手を出さないだろうな」と思っていた世界です。
周りの人たちにも僕のライフスタイルは珍しく映るようで、色々と質問されることも少なくありません。
中でも、
ぶっちゃけどれくらい儲かってるの?
本当に楽して稼げるの?
という質問は特に多いです。
これを読んでいる方もアフィリエイトに興味があってページを開いたと思うので、包み隠さずに言うと僕は、
1つのブログで毎月10万円以上の収益を得ています。
そして2019年には最大月収が45万円を突破しました。
自分で言うのも何ですが、アフィリエイトを始める前はこういった話はまったく信じていませんでした。
数年前の自分に聞かせたら「怪しいからやめろ!」と怒られるのは間違いありません。
それでは、なぜ僕はアフィリエイトを始めて、ウソだと思っていた世界を実現することができたのでしょうか。
何も知らない0の状態からスタートして、何をやってどれくらいで稼げるようになったのでしょうか。
せっかくなので、そこに至るまでの経緯を自己紹介と合わせて紹介していきます。
目次
静岡の「坊ちゃん」
僕は静岡県の小さな田舎町で生まれ、何不自由なく育ってきました。
誕生日やクリスマスにはタートルズのおもちゃを買ってもらい、自宅には任天堂64やプレイステーションといった最新ゲーム機がいつの間にか備わっている。
当たり前のように物を与えられ、好きな物を食べて、住みやすい街で伸び伸びと生活してきた、いわゆる「坊ちゃん」でした。

タートルズのTシャツを着てます。

ウルトラマンに囲まれています。
客観的に見て恵まれた家庭環境で育ってきた僕ですが、小学校に入ったぐらいから将来に対するぼんやりした不安を抱くようになります。
ずっと楽して生きてたい、というか大人になりたくない。
子供の頃に考えていたことはほとんど忘れていますが、本気でそんなことを考えていたことだけは今でも覚えています。
幸せな環境で育っていたはずの僕がなぜ大人になることへの不安を抱くようになったのか?
その理由の一つとして、最も身近な大人であった父が超ブラックな会社に勤めていたことが挙げられます。
僕の父は大手企業に勤めるサラリーマンで、土日祝日は無しで休みは平日の1日だけ。
朝は7時に家を出て、帰りは夜の22時過ぎという生活を送っていました。
それはちょうど僕が起きるのと入れ違いで出発して、帰宅は僕が寝ている時間です。
僕の「坊ちゃん生活」が父の労働によって成り立っていることまで頭が回らなかったのは恥ずかしい話ですが、僕にとっての大人とは「休みはほぼ無しで朝から晩まで働かなければいけない人」でした。
そして唯一の休日をほとんど寝て過ごしている父を見て、僕の中で自由であることへの価値が大きくなっていったのです。
大学時代と就職活動
時は進み大学時代。
働くまでのモラトリアム期間を延ばす為に進学していた僕は、当然のことながら就職活動に消極的でした。
大手企業?希望の職種?
第1志望は「働きたくない」です。
そんな風に友人と愚痴り合ってる時も、僕だけは真顔でした。
しかしそう言ってる間に時間は過ぎ去り、気が付けば内定が決まっていないのは僕だけになっていました。
焦りはすれどやる気は沸かず、仕方なく適当に調べた会社に応募したところなんともあっさりと内定。
嬉しくはなかったけど、就活から解放された安堵感に包まれて、
どんなに嫌でも結局は働くしかない。
現実ってこんなもんだろう。
と投げやりに自分を納得させたのです。
労働と対人関係
そして始まった社会人生活。
どんな嫌なことでも過ぎ去ってしまえば笑い話になるといいますが、就職してからのことは未だに思い出したくない記憶の1つです。
朝は満員電車に押し込められて、気だるそうな顔をした人たちにもみくちゃにされる。
トンネルに入りふと窓を見ると自分の顔が一番気だるそうで生気がない。
これは帰りの電車の話ではなく、行きの時点の話です。
そんなありがちなテンプレに乗っかってる自分に絶望しながら、満員電車に乗り続ける日々が続きました。
ところで、僕が入社した会社は休みは完全2日制で業務も大変ではありませんでした。
しかし、そんな環境だからこそハッキリと分かったのは「対人関係のストレスは何にも勝る」ということでした。
当時、上司に目を付けられていた僕はあまり自覚していませんでしたが、パワハラを受けていました。
ある上司は直接的な攻撃が多く、すれ違いざまの腹パンや肩パンは日常茶飯事。
時には原付の鍵を盗まれて、それを人質(モノ質?)にされて焼肉を奢らされたりしました。
またある上司からは、自分がいかにダメな人間であるかが徹底的に刷り込まれました。
理不尽な説教やミスの押し付けは当然のこと、二人だけの時は「給料貰っているのが気にくわない」、「早く辞めろ」と直接言われたりもしました。
そして帰りはまた満員電車に揺られて、家に着けばベッドに倒れ込む。
自宅では何もする気が起きずぼんやりと2chを見ていることが多かったです。
こんな生活をあと40年以上も続けるのは正直きつい…。
滅茶苦茶長く感じるのにあっと言う間に過ぎていく時間に矛盾を感じながら、このまま歳をとっていくことに恐怖を感じました。
そしてその生活を続けられる自信はなく、かといって辞めることもできずにいたある日、身体に異変が生じたのです。
・駅に近づくと体調が悪くなる
・仕事中はずっと頭痛がする
・職場では食べ物が喉を通らなくなる、など
気が付けば体重は入社時から5㎏以上も落ちていました。
「これはやばい」と思った僕は会社を辞めることにしたのですが、最後に上司に言われた言葉は、
君はどこに行ってもやっていけないと思う。
の一言でした。
ニートからアルバイトへ
退職後は何もやる気が起きず引きこもっていましたが、心身の健康を取り戻しつつありました。
しかし第1志望は相変わらず「働きたくない」。
ぼんやりとした受け答えでハローワークの職員さんを困らせて、帰りはパチンコに行って時間を潰す。
現代社会のダメ人間を象徴するような堕落した毎日です(ハロワの隣にパチンコがあるのも悪いと思います)。
そして会社員時代には使う余裕のなかった貯金が、皮肉にもその生活を成立させていました。
しかし働きもせずパチンコ通いをしていれば、瞬く間に貯金は減っていきます。
時にはまったく回らない台に自分の人生を重ね、不安と焦りの台パンをしたこともありました。
しかし台を強く叩いて店員さんに怒られるのが怖かったので本気のパンチは自宅の壁で。

↑思ったよりガッツリ穴が空いて虚しさだけが残ります
そんな生活を続けている内にいよいよ貯金が尽きかけてきたので、アルバイトを探すことにしました。
見つかったのは自宅から徒歩30秒で行けるインターネットカフェの店員。
この時出来上がったルーティンは、バイトで日銭を稼いで無理の無い範囲でパチンコをすること。
学生時代には想像もしていなかった自分の姿に絶望しながら、何もアクションは起こさないという本当のダメ人間になったのです。
「カイジ」や「ウシジマくん」に今すぐ出演できそうだなと自嘲したり、
買いもしないくせに「宝くじ当たらないかなー」と妄想したり、
どこに行くでもなく原付で遠出したり山野を徘徊したりもしました。


会社員時代にはお金はあったけど時間がありませんでした。
ニートになってからはそれが逆になりました。
何かしなければいけないのに、何をすればいいのか分かりませんでした。
もう何でもいいから早く楽になりくて、とにかく出口が欲しかったのです。
派遣先で出会ったアフィリエイター
数年間勤めたネカフェが閉店したことは、僕にとって幸いだったかもしれません。
金銭的な余裕は無いけど、気楽なアルバイト生活が定着していたこと。
将来に不安を感じながらも、その場所を離れられなかったこと。
ぬるま湯生活は突然に終わりを迎え、強制的に次の場所を探さなくてはいけなくなりました。
しかし正社員として働く気になどなれず、次に僕が選んだのは派遣バイトの工場勤務。
友人たちがいい車に乗って出勤している中、僕は原付に跨ってバイトに向かっていました。
そして、工場での仕事が僕に合わなかったことは言うまでもありません。
チラチラと時計を見ては「まだ5分しか進んでいないのか…」と舌打ち。
長めのトイレや昼休憩を怪しまれては平謝り。
そんな毎日が続きます。
会社員時代のような対人関係の悩みはなかったものの、やりがいや充実感を感じたことは一度もありませんでした。
僕がやっていける仕事なんて一つもないんじゃないか?
油断すると退職時に言われた上司の言葉が呪縛のようにこだましました。
そんなある日、食堂で同期と話をしていてお金の話題になった時。
彼はこんなことを呟きました。
俺はアフィリエイトをやってるからお金にそんなに困ってないよ。
アフィリエイト…
2chまとめ、やらおん、ハム速、広告収入…
自分の中にあったぼんやりとしたアフィのイメージが単語となって頭に浮かぶと同時に、
「いやいやいや、儲かってるならこんなとこでバイトしてないだろ笑」
と反論が出そうになりました。
「それで、どれくらい稼いでいるんですか?」
本音を飲み込みつつ質問すると、帰ってきたのは予想外の数字でした。
「全盛期は月200万くらい、今はコンスタントに20万くらい稼げてる」
…
まじか!!!
実際のところ、彼が本当にそれだけのお金を稼いでいたのかは分かりません。
しかしその真偽はそれほど重要ではありませんでした。
ネット上の匿名ではなく、目の前にいる人が「アフィリエイトは稼げる」と言っている。
まったく先が見えなかった僕にとってこの事実が衝撃的で、仕事中も帰宅後もずっとアフィリエイトが頭から離れなかったのです。
アフィリエイトをはじめる
2016年1月。
20代も折り返しに入った頃、僕は初めてアフィリエイトの世界に参入しました。
「今から入っても稼げない」
「アフィリエイトはもう終わってる」
ネットに飛び交うネガティブな意見に惑わされながらも、身近にいる人の言葉には説得力があったので、何が本当か分からないなら自分でやってみればいいと思い立ったのでした。
そして何も分からない状態で色々調べながら完成させた初めての自分のサイト。
そこに記事を書いて投稿したときは、何かが変わるような期待感がありました。
「高望みはしないけど、まずは月のスマホ代くらいは稼ぎたい」
なんてことを考えていたと思います。
そして収益画面を覗くと、当然のことながら結果は0円。
まだ初日だから、というか最初の月はそんな簡単に稼げるわけないと思っていたので大したダメージは無かったのですが…。
翌月も、そのまた次の月も結果は出せず、トータルで稼げたのは数百円という小銭でした(少額過ぎて振り込まれない)。

その時ふと思い出したのは、いつかどこかで耳にした、
アフィリエイターの9割は月に5000円も稼げていない
という話。
そもそも簡単に稼げるなら皆やってるし、アフィリエイトはもっと流行ってるはずです。
それはなんとなく分かっていたけど、それでもどこかで「自分なら稼げるんじゃないか」と楽観視していたのです。
その結果、数ヶ月取り組んでジャンプ1、2冊分くらいしか稼げなかったという事実。
かけた労力に対しての収益が少なすぎて、バイトしてた方が効率がいいことに気づきました。
色々面倒になってしばらく寝転がること数時間。
仕事のこととか、将来のこと、これからのことを色々考えましたが、今やってることをやめようとは思いませんでした。
なぜなら、やめればそこまでだけど続けていればどうなるかは分からないからです。
失敗したところで誰かに怒られるわけでもないし、大きな損害が出るわけでもありません(労力と時間くらい)。
なによりこれは自分で考えて、選んで、決めたことです。
やりたくないのにやってることで挫折するのはよくても、自発的に取り組んだことから逃げてしまったら、僕は本当にお終いのような気がしました。
収益が上がるかは分からないけど、上がらないとも言い切れない。
そこだけを希望にもう少しだけアフィリエイトを続けようと思ったのでした。
黙々と作業する日々
一念発起したことによりその後の収益は一気に増えて…ということもなく、しばらくは黙々と作業をこなす日々が続きました。
しかし少しずつでしたが収益は右肩上がりを見せており、気が付けば中学生のお小遣い程度の額はコンスタントに稼げるようになっていました。
「このまま上がり続ければ結構いいんじゃないか!?」
なんて調子に乗っていたのも一瞬、再び収益に伸び悩みむようになります。
収益が下がりはしないけど上がりもしないという微妙な日々。
なんかアフィリエイトって想像してたのと違うな…。
始める前は楽して稼いでいるというイメージがありましたが、自分がやってることは楽ではありませんでした。
むしろ作業量(1日5、6時間くらい)に対しての収益が少なすぎて続けるのが馬鹿らしくなるレベルです。
しかし最初は億劫だった作業もいつの間にか習慣となっていたので毎日続けることができました。
そんなある日、今までの停滞がウソだったかのように収益が上がり始めたのです。
それも今度は前の月の倍以上の額を記録していました。
当初はその振れ幅に「今月は偶然で、来月また元通りになるんじゃないか」と不安になったくらいです。
しかし収益は下がるどころかグングン伸び続け、それは翌月以降も続きました。
そして気が付けば、その額は10万円を超えていたのです。

そのサイトはその後ほとんど放置状態でもアクセスを集め、収益をあげ続けています。
たどり着くまでは大変でしたが、胡散臭いと思ってた「ちょっとの作業で大金を稼ぐ」という世界は確かにあったのです。
毎月の収入に+10万円されるようになった
僕は現在、アルバイトとブログの収入で生計を立てています。
それは世間的に見れば、あまり見栄えのいいライフスタイルではないかもしれません。
しかし、会社員時代と比べるとその幸福度は比較になりません。
なぜなら収入が以前よりも増えて、使える時間は圧倒的に多くなったからです。
アルバイトとブログの二足の草鞋は忙しそうに見えるかもしれませんが、実質の労働はほぼアルバイトだけ。
平日の昼間から、ベッドに転がって積んであった本を読むことができます。
情けない話ですが以前までは新品で本を買うことにためらいがあり、ブックオフの100円コーナーを漁るのが僕にとっての「いつも」でした。
しかし、多少高めの本でもそこまで抵抗無く買えるようになったのは大きな変化です。
滅茶苦茶些細なことかもしれませんが、欲しいものを気軽に買えるようになって、それを楽しむ時間もできたことで精神的にかなり余裕ができました。

↑外でも作業ができるようにノートPCを購入。
今からアフィリエイトを始める人へ
僕は9割のアフィリエイターが属しているとされる「稼げないグループ」を抜け出すことに成功しました。
しかし、僕にアフィリエイターとしての才能があったかと言えば答えはNOです。
稼げるようになった要因を強いて挙げるとすれば、それは「やめなかったこと」だと思います。
もしも最初の時点でやめていたら、
数ヶ月で結果が出なくてやめていたら、
少額の収益で伸び悩んでやめていたら、
1年を節目にやめていたら、
結果は永遠に出ませんでした。
つまり僕にとっての成功のカギは「才能」ではなく、「諦めずに続けること」だったのです。
巷ではアフィリエイトにはセンスが必要、後発組には難しいといった話をよく聞きます。
しかしセンスも無く後発組の僕でも結果が出せたのです。
だから僕は、アフィリエイトは今から参入しても稼げると断言します。
ただしその道のりは決して楽ではありません。
諦めずに続けることを前提に、その過程でどうすれば結果が出るかを考え試行錯誤を繰り返す必要があります。
しかしそれを乗り越えた時、今まで考えもしなかったような世界が開けてきます。
ちなみに、才能のあるアフィリエイターは早ければ3ヵ月くらいで結果を出すそうです。
それに対して、僕がそこそこの収益を上げるようになるまで1年半ほどかかっています。
その速度はまるで亀ですが、僕はこの時間が無駄だったとはまったく思っていません。
もちろん早く結果を出せればそれに越したことはないけど、僕の場合は失敗を繰り返すことでアフィリエイトにおける様々な問題に直面してきました。
結果その全てが血肉となっているので、今ならむしろ最短で結果を出せると思っています。
さらに言えば、
僕は現状にまったく満足していません。
なぜならもっと楽したいし、もっと自由になりたいからです。
平日に好きな時間に起床してのんびりと釣りをしたり、あてもなく漂泊放浪の旅に出たり、一日中漫画や本を読んで過ごしたい。
やりたいことを、やりたい時に、好きなだけやれる自由とお金を獲得したいのです。
僕の願望は傍から見れば「社会を舐めるな」と言われるかもしれません。
しかし今の生活に満足しているのならともかく、現状に不満を感じているのに何も変えようとしないのはもったいないことだと思います。
嫌なら変えればいい。
変わるまで続ければいい。
行き詰ったらその時考えればいい。
アフィリエイトを通して僕が学んだことは、言うまでもない当たり前のことでした。
しかしその当たり前がなかなかできなかったことは、ここまでの経歴を見てもらえれば分かると思います。
このサイトでは散々遠回りしてきた僕が、近道だと思った&最初に知りたかった成功への最短ルートを提示します。
僕はこのプロフィールを読んでいるあなたを変えることはできません。
あなたが自分で考えて、選択して、決断するだけです。
そしてこのサイトに行き着いたことがそれを考えるキッカケになったのなら幸いです。