友達がいない。
恋人と別れた。
結婚や異動などで環境が変わった。
なんとなく。
人は様々な場面で唐突に理不尽に孤独を感じます。
今回は、
・人はなぜ孤独を感じるのか?
・一人が寂しいという気持ちにどう向き合えばいいのか?
という問題について考えていきます。
目次
一人が寂しいから助けて欲しい
ビートルズの「HELP!」。
この曲の歌詞には、当時人気絶頂だった彼らの切羽詰まった心境が表れています。
この曲が発表された当時ビートルズのメンバーは加熱する人気に自己を見失いかけていて、レノンは後に「僕らは豚のように暴飲暴食し肥え太っていく己自身に失望していた。助けを求めて叫んでいたんだ」と語った。
wikipediaより
一人が寂しい時、人はこの曲のような心境になります。
「誰か助けてくれ!」と叫んでも、
求めているのは知らない人の気休めの言葉や適当な慰めではありません。
自分の孤独と苦悩を理解してくれる人に助けてもらいたいと思っているのです。
だから、場合によっては親や友達や恋人でも、その人の寂しさを埋めることはできません。
一人が寂しいのが辛い
「寂しい」という感情を生み出す脳の部位は、肉体的な痛みを生み出す部位と同じだそうです。
それが本当か嘘かはともかく、実際に孤独感が胸を締め付ける痛みのように感じられることはあります。
だから一人の寂しさが辛いのは甘えではなく、
孤独のストレスが寿命を縮めるという研究もエセ話ではないのかもしれません。
よく「心に受けた傷は一生消えない」と言いますが、
何年も前の記憶にずっと悩まされたり、
忘れたと思っていたのにふとしたことでフラッシュバックしたり、
過去の記憶を夢に見ることでうなされることもあります。
心の古傷が疼くのはやはり一人でいるときが多いです。
「一人が寂しい」という感情の裏側には、
過去に受けた心の傷が関係していることも少なくないのです。
だから一人が寂しくて辛いと感じている時、
状況的に一人ぼっちあることや、目の前の出来事だけが原因ではありません。
それは単なるきっかけに過ぎず、深層心理の部分でもっと根の深い問題が存在していることもあるのです。
一人が寂しいのは病気?
病気になった時、眠ることもできずに布団の中で苦しんでいると、
「この体調不良は疲れや風邪ではなく、もしかしたら大きな病気では…?」
「このまま自分は死ぬんじゃないか…?」
そんな風に気持ちが弱ってしまうことがあります。
一人が寂しいと感じる気持ちは病気ではありませんが、
病気の時に気持ちが弱るように、孤独感で精神を病んでしまうことはありえます。
例えば変な宗教にハマったり、薬物に依存したり、他者への過剰な依存で問題を起こしたり。
底なしの孤独感が最後に行き着くのは自殺だと思います。
一人が寂しいと感じるのはなぜ?
一人だから寂しいと感じることもあれば、人と一緒にいても寂しいと感じることもあります。
様々な状況の中でも特に寂しさを感じるのは、中途半端に人付き合いがある場合だと思います。
話し相手の友達はいるし、家族と険悪というわけでもなく、恋人もいる。
そんな人は傍から見れば充実した生活を送っているように見えます。
しかし、そこに生じる誤解が人を孤独にします。
「自分は誰にも理解されていない」
「自分の本心や苦悩を分かち合える人は誰もいない」
そういった社会の中での疎外感や理解されない苦しみこそが、本当の孤独だと思います。
理解されない苦しみを抱えていた有名人と言えば、画家のゴッホが有名ですね。
彼の絵が生前ほとんど売れなかったことは周知の事実ですが、
絵だけでなく、何をやってもうまくいかず他者の理解を得られなかったのがゴッホという人物です。
仕事がうまくいかず、恋愛がうまくいかず、宣教師を目指してもうまくいかず、
親との仲もうまくいかず、友達との交流もうまくいかず、最も情熱を注いでいた絵もうまくいかない。
激しい自己嫌悪と、実際に全てがうまくいかないという現実。
自尊心が低下して孤独感を感じるには十分な境遇です。
※彼の心境は弟に宛てた手紙に切実に書かれています。
ここまで悲惨でなくても自分に自信がない人は、
「こんな自分に存在価値はない」、「誰も自分を必要していない」
とネガティブに悩むことが増えます。
自信がないことと孤独が合わさることで、一人の寂しさは倍増します。
好きなことに没頭しても、何かに打ち込んでも、
心の一番奥にはいつも寂しい風が吹いているのです。
一人が寂しい心理に向き合う
一人の寂しさは解消するものでもなく、埋めるものでもありません。
どうこうしようとするよりも、静かに見つめることが大切だと思います。
一人が寂しいと感じると、
・スマホが手放せなくなったり、
・他者に依存したり、
・皆が自分を嫌っているのではないかと妄想したり、
・誰も自分を見てくれないと卑屈になったり、
焦りと恐怖と不安でパニックになりがちです。
そんな時はとりあえず深呼吸しましょう。
過剰に自分を卑下することはないし、
無理に自分を慰めることもありません。
僕は強く孤独を感じた時、
寂しい気持ちをそのまま抱えて、昼夜問わず外を歩きます。
布団に潜り込んでも、気晴らしに本を読んでも、
勝手に脳内でネガティブな感情や過去のトラウマなどがエンドレスで再生されて、
気持ちがグチャグチャになってしまうからです。
そんな感情をドロドロと垂れ流しにしたまま、延々と歩き続けます。
歩き疲れたらその辺に座り込んで、思いついたことを片っ端からノートに書きなぐります。
それは文章なこともあるし、単語の羅列、物語だったりすることもあり滅茶苦茶です。
ひと気の無い場所であれば急に大声で叫んだり、走ったりもします。
一人が寂しいときに読みたい詩
一人の寂しさは色んな形で創作物として残されています。
音楽、映画、小説、何でもありますが、
一人が寂しい時、僕は詩を読んだり絵を観るのが好きです。
その理由は「なんかいい」と感じるから、そして時間がかからなくて楽だからです。
「ひとりは賑やか」
茨木のり子
一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな森だよ
夢がぱちぱち はぜてくる
よからぬ思いも 湧いてくる
エーデルワイスも 毒の茸も一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな海だよ
水平線もかたむいて
荒れに荒れっちまう夜もある
なぎの日生まれる馬鹿貝もある一人でいるのは賑やかだ
誓って負け惜しみなんかじゃない
一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しいおおぜい寄ったなら
だ だ だ だ だっと 堕落だな恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
あってくれ
「荒れに荒れっちまう夜もある」、「誓って負け惜しみなんかじゃない」。
この詩にはテンポよく力強い言葉で豊かな孤独が書かれています。
一人でいる時間を大切にできる人は、「一人が寂しい」という感情を大切にできます。
寂しいという感情がいけないこと、マイナスなことだと考えるのはそもそもの間違いなのです。
「しずかな 画家」
八木重吉
だれも みているな
わたしは ひとりぼっちで描くのだ
これは ひろい空 しずかな空
わたしの ハイ・ロマンスを この空へ 描いてやろう
八木重吉の詩はノスタルジックで寂しく、そして暖かいおとぎ話のような雰囲気があります。
彼は昔の詩人ですが、難しい言葉を使わず短い詩ばかり残しているので普段詩を読まない人にもオススメできます。
特にここで引用した詩が載っている詩集『秋の瞳』は序文が最高で、僕はそれを見た瞬間にクラクラとやられてしまいました。
序文も非常に短いので載せておきます。
序
私は、友が無くては、耐えられぬのです。
しかし、私にはありません。
この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。
そして、私を、あなたの友にしてください。
ドストレートで簡潔な告白とお願い。
句読点の置き方が絶妙で、音読した時に自然とゆっくりになります。
これが本文に入る前のストレッチになっていて、これが八木重吉の詩のテンポなのです。
一人寂しい人生を生きる
君が独りの時、
本当に独りの時、
誰もができなかったことをなしとげるんだ。
だから、しっかりしろ。
ジョンレノンのアルバム「ジョンの魂」に収録されている、
『Hold on』(邦題は「しっかりジョン!」)という曲の一節です。
本当に集中している時や、考え事をしている時。
それは一人でいる時です。
勉強するにしても、何かを学ぶにしても、
集中した方が効率がいいことは言うまでもありません。
だから、学生でも社会人でも成長するためには一人の時間が必要なのです。
特に普段人に囲まれて生活している人や、誰かと一緒にいないと不安で仕方ない人は、
意図的に一人になる時間を作った方がいいと思います。
慣れない一人ぼっちは寂しくて不安かもしれませんが、
その時間が自分を強くしてくれます。
一人が寂しい休日の過ごし方【おまけ】
一人の寂しさは消えるものではありません。
紛らわすか使いこなすかしかないと思います。
だから、孤独の取り扱い方法を知らずに生きてきた人は、大人になってから急に孤独感に苦しめられたりします。
・仕事が忙しすぎて人と会う機会が作れない
・仕事が忙しすぎて人と会う気力がない
・結婚や子どもが生まれたことで交友関係が縮小する
・仕事脳になって、意味の無いことや非効率なこと、無駄な時間の使い方ができなくなる
=用があったり、予定がなければ人に連絡しなくなる
・体力と気力が衰えて、孤独が辛く感じるようになる
仕事が忙しくなれば必然的に友達や恋人に会う時間は減っていき、
その少ない余暇時間に何をするか、誰と会うかは厳選されるようになります。
逆に言えば、自分もまた周りの友達に切り捨てられる、会う頻度を落とされる可能性もあるということです。
ぼんやりと意味もなく街をほっつき歩いたり、誰かの家に行って朝まで話をしたり、
ゲームや映画なんかを見て過ごしたり、深夜にラーメンを食べに行ったり、
特にやる必要のないこと、意味がないことにはブレーキがかかるようになります。
「明日早いから」、「疲れを残したくないから」、「もうそういうのはいい」。
忙しない日々はあまりにも単調で時間の進みは物凄く速く感じられます。
社会人が味わう「一人の寂しさ」は、学生時代に遊んでいた人ほど強く味わうことになります。
一人が寂しいアラサー男の戦い【おまけ2】
独り身で親友と呼べる人もおらず、学生時代の友達は切り捨てたり切り捨てられたりして本当の一人になってしまった。
そんな男性にとって人生はあまりにも長すぎる苦行です。
時間は凄い速さで流れていって、どんどん年老いていくのに、
目先ではダラダラと苦しく寂しい時間がゆっくりまとわりつくという矛盾。
これは戦いですよ。
巷では、そんな寂しさを解消するために、
運動しましょうとか、
本を読みましょうとか、
趣味に没頭しましょうとか、
出会いの場を探しましょうとか、
色んな対策が提唱されています。
でもそこじゃないんです。
それをやる気力がないから始められない、始めても続かないって状態だから、
そのアドバイスをされてもあまり意味がないんじゃないでしょうか?
多くの人が勘違いしがちなのは、「やる気がないと始められない」と考えていることです。
やる気が出たら始めよう、やる気が出ないから無理、という考え方をすると、
やるやらないは全て気分次第になってしまいます。
しかし、物事ってとにかく始めてしまえば意外と続くものです。
だから力を注ぐべきはやる気を出すことではなく、やる気が無くてもとにかく始める習慣を身に着けることです。
例えば筋トレ。
最初のうちは張り切っていても、ついさぼってしまったり疲れている時にできなかったりします。
そんな風に一回途切れるとやる気が無くなったりサボり癖がつくのはよくあることです。
そこで意識したいのは回数にこだわらず1回でもいいからやるということです。
歯磨きをする前に必ず1回スクワットをするようにする。
トイレから戻ったら必ず腕立てを1回する。
そうすれば1回で終わることは稀で、意外と何回もできたりします。
もちろん1回で終わってもOKという緩さも必要です。
これは読書や勉強でも同じです。
「寝る前に必ず1ページだけ読む」といったルールを定めてしまえば、
事が1ページで終わることはまずありません。
始めたら始めたで意外と集中できるものです。
学びにしろ娯楽にしろ、重要なのはいかにやる気が無くてもそれを始めることができるかということ。
その鍵となるのは「習慣化」と「スモールステップ」です。
どんなに少しでもいいから、やる気に関係なくやる。
この考え方をすることで、一人の寂しさを充実したものにできるかもしれません。
一人が寂しい大学生(高校生)【おまけ3】
「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言いますが、
「恥をかけ」という項目も追加した方がいいと思います。
さらに言えば「若い時」を取り除いて、誰もが苦労して恥をかき続けた方がいいとすら思ってます。
その心は簡単に言えば、努力しましょう、失敗を恐れずに挑戦し続けましょうってことだと僕は考えています。
大学に入って一人ぼっちになってしまった人は寂しい4年間を過ごすことになります。
望んで一人でいる、まったく問題ないしそれで楽しい、というならいいのですが、
一人が寂しい辛いと思っているのに一人で過ごし続けるのは逃げでしかありません。
この状態における必要な「苦労」と「恥」は、自分の本音に従うこと。
「友達が欲しい、でも作るのが苦手、どうすればいいか分からない」
それを攻略していくのは大きな苦労です。
「実際に動いてうまくいかなかった、ドン引きされた、会話が噛み合わない」
この失敗は恥ずかしさです。
何度でも失敗して何度でも挑戦しましょう。
恥ずかしがるとブレーキがかかりますが、恥をかいてもいいので挑戦することが大切だと思います。
一人が寂しい眠れない(寝れない)夜【おまけ4】
一人が寂しくて眠れない夜は外に飛び出しましょう。
僕は一人で昼夜問わず外に行くと書きましたが、
一人で深夜徘徊するのはとても楽しいことです。
深夜徘徊していると色んなことが思い浮かんできます。
いいこと嫌なことや、脈絡なく何年も会っていない人のことを思い出したりもします。
夜の匂いとか季節の匂いがなんとなくで分かります。
知っている道や歩きなれた道がよそよそしく他人顔をしています。
だから夜道はワクワクする冒険です。
最近ではドラクエウォークのおかげでさらに外に行くようになりました。
「一人の寂しさはこりごりだよ」なんて思っても、
人と一緒にいる時や、断れない飲み会にいる時、
用事があって人と会っている時や、遠出している時、
賑やかであればあるほど、大勢の人に囲まれているほど、
義務や仕事に追われている時ほど、
一人で静かに夜を歩く時間が待ち遠しくなります。
文化祭前日。
その日だけは夜までかかって皆で準備をしています。
ワイワイガヤガヤ、そんな時こそ一人になりたくなります。
一人でそっと教室を抜け出して、少し離れた自販機までわざわざ向かいます。
ジュースを飲みながら校舎を見ると、たくさんの教室に明かりが灯っていて不思議な気持ちになりました。
そんな感じです。
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