学生の頃から強烈に感じていることがありました。
「生まれつきの性分として落ち込みやすい人と、そうでない人がいる」ということです。
認めたくはありませんが、僕は前者の人間でした。
大して気にするほどのことではないのに過剰に考え込んでしまったり、
何でもないことをいつまでも思い悩んでしまったり、
具体的な例を挙げれば、
中学生になったくらいから、トイレが混雑していたり人が後ろに並んでいると小便が出なくなって、それが同級生にバレるのが怖くて誰も使わない遠くのトイレを探して使っていたくらいです。
客観的に見てそれは異常です。
そして、用を足したいのに出ないという、自分の意志に反して体が反応しない経験から、
悩まない、不安にならない、緊張しない、という意志を持っても、それらの感情は意志に関係なく勝手に湧き上がるものだと自覚したのです。
空腹を感じることを抑えられないように、天気をコントロールできないように、
神経症的傾向の強い性格は直せないかもしれないと悟ったのです。
落ち込みやすい性格は、落ち込んでしまうことは仕方ないと認めることから
神経症的傾向の強い性格とはどんな性格か。
公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団では以下のように説明されています。
何か困難なことがあった時に敏感に反応する傾向で、自分の感情をコントロールできない、ストレスへの対処が下手だとする特徴があります。 その他、不安に陥りやすいこと、怒りやイライラ、抑うつ的などを経験しやすい事も挙げられます。
まったく嬉しくないけど、凄く自分に当てはまっている…!
実は僕の神経症的な性格は今も直っていません。
ただ、長年の経験から辿り着いた対処法が一つあります。
それは「自分の感情を認めることから始める」ということ。
なんとなく禅的というか、そういう感じのあれっぽく聞こえるかもしれませんが、
本の受け売りではなく、僕が藁にもすがる思いで色々試した末に実際に効果を感じた方法がこれです。
分かりやすい例を挙げるならスポーツの世界。
もしくは人前でのスピーチやプレゼンをする時でも、緊張や不安が付きまとうシーンなら何でもいいです。
緊張している時に「落ち着け、落ち着け、いつも通りにやればいいんだ」と自分に言い聞かせて、まったく効果がなかった経験はありませんか?
そういう時は目的が「不安や緊張を消すこと」になっているから、余計に不安になり余計に緊張してしまいます。
「緊張するな!」、「不安に思うな!」と思ってできるなら、とっくにしてます。
不安や緊張は消えないもの、デフォルトの状態異常として備わっているものと割り切れなければ、不安や緊張にいつまでも振り回されてしまうのです。
不安や緊張込みで準備や対策をしていくこと。
それが結果的に「不安や緊張を過度に意識しない」という精神状態に繋がるのです。
「そんな当たり前のこと言われても…」と思われるかもしれませんが、
この考え方は僕にとって大きな発見でした。
落ち込みやすい性格は、改善されないかもしれない
プロボクサーのマイク・タイソンは、試合前の不安や恐怖心に悩まされていた選手の一人です。
そんな彼をあらゆる面からサポートしていたトレーナーのカス・ダマトは、恐怖心をこんな風に説明しています。
恐怖心はボクシングを学ぶうえで最大の障害だ。
しかし、恐怖心は一番の友達でもある。
恐怖心は火のようなものだ。
管理する方法を学べば、自分のために利用することができる。マイクタイソン『真相』、ダイヤモンド社、2014年、p56
恐怖心を消したり感じないようにするのではなく、管理する方法を考える。
これは自分の恐怖心を自覚しなければできないことです。
「考えすぎだよ」、「気にするなよ」といったアドバイスが役に立たないことを分かっている人ほど、カスの言葉がしっくり来るんじゃないかと思います。
例えば、道徳的な考え方として「他人の気持ちを考えろ」と言われることがありますが、
逆に「努力しても他者の気持ちを100%理解することはできない」と認めて、そこを出発地点にすることで協調性を考えたりもできるわけです。
むしろ、私は世の評論家や教師は、若い人々に「他人の痛みや気持ちをわかる難しさ」を教えるべきだと思っております。そこから、自然に他人に干渉しない、他人を異質なものとして尊重するという態度が養われるからです。『哲学の教科書』
— 中島義道 bot (@yoshimichi_bot) January 28, 2020
同じように恐怖心や不安は0にはできないと分かっていれば、いつも通りにはできないかもしれない、上手く行かないかもしれないことも覚悟できます。
対人関係なら自分が理解できないなら、他人だって自分を理解できないだろうし、場合によっては理不尽な仕打ちを受けることだってあるかもしれないと理解できます。
その時はきっと落ち込むかもしれないし、落ち込んだら辛いし疲れます。
話がどんどん抽象的になって分かりづらくなってきていますが、
そういった諸々を認めたことで、僕の場合は「落ち込みやすい自分」に落ち込むことが少なくなった気がします。
生まれつき反射神経がいい人がいるように、洞察力が高い人がいるように、
悲しみや苦しみといった感情への嗅覚が鋭い人だっているのです。
その個性だって意外と捨てたもんじゃないと思います。
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