漫画家になるという夢は忘れ
気がついてみれば四十年近くも
水木先生のアシスタントをやっているわけです村澤昌夫『水木先生と僕』、2017年、p36
漫画家・水木しげるのアシスタントを40年も続けていたという村澤昌夫さん。
もうそれだけでかなり興味深いのですが、
その村澤さんが水木さんとの秘蔵エピソードを描いたのが『水木先生とぼく』という作品です。
今回は『水木先生とぼく』を読んでみての感想です。
目次
『水木先生とぼく』のあらすじなど
書名:水木先生とぼく
著者:村澤昌夫
出版月:2017年11月29日
出版社:株式会社KADOKAWA
定価:1.400円(税別)
村澤昌夫(むらさわまさお)
水木プロダクションのチーフアシスタント。
1977年に水木プロダクションにアシスタントとして入社。
以来40年に亘り、漫画家・水木しげるの画業を支える。
本作の主人公である深沢のモデル。
内容は5つのエピソードからなっており、
作者の村澤さんは「深沢」という名前で登場します。
・水木プロで住み込みで働いていた頃のエピソード
・水木しげるの創作秘話
・水木しげるとの旅の話
などなどバリエーションに富んだ構成になっています。
『水木先生とぼく』の内容
水木しげるの創作秘話
水木しげるの独特の創作術と言えばこの2点が挙げられます。
・点描式の背景
・背景ストックと切り貼り
ファンにとっては周知の話ですが一応説明すると、
背景ストックとは、アシスタントやアルバイトとして雇った美大生に背景を大量に書かせてその場では使わずにストック。
必要になった時に大量のストックからそのコマに合った背景を、原稿に直接貼り付けるという手法です。
これを紹介するだけでは肩透かしですが面白いエピソードとして、
点描作画で眼精疲労に悩まされた村澤さんに対して水木さんが見せた優しさや、
切り貼りした背景を豪快に原稿に貼り付ける水木さんに怯える村澤さんなどの話があります。
水木しげるの改築趣味、古本屋巡りなどの日常パート
水木さんに改築趣味があって頻繁に設計のアイディアを考えていたそうです。
これは初耳でしたが、個人的に面白かったのは村澤さんが入った当時(70年代後半)の水木邸の間取り図が載っているところです。
神保町の古本屋巡りでは、
移動中の電車で水木さんの声が大きすぎることを気にする村澤さん、
大量に購入した本を抱える村澤さんを気遣って「タクシーで帰ろう」と言ってくれた水木さんなど、
些細な日常風景シーンが印象的です。
バリ、ヨーロッパ旅行編
バリ、ヨーロッパ旅行の話では、旅の景色や建物の緻密な絵に圧倒されます。
そして、あらゆる国の文化や歴史に興味を持ち、
自分の創作物にサラリと取り入れる水木さんの柔軟性を垣間見ることができます。
「バリの絵は遠近感とか奥行きはないが
草とか葉っぱとか一枚一枚丁寧に描かれていて上手ですョ。
これから漫画の背景はバリ方式でいきます」
突如変わった方向性、その背景を点描で描くのが本当にしんどかったというのはいいエピソードだと思いました。
『水木先生とぼく』の3つの見所
①圧倒的な水木タッチ
当たり前ですが村澤さんの作画は水木さんそっくり、というか水木しげる漫画そのものです。
普段はさらりと読み進めていた背景一つ取っても、
痛む目をこすりながら点を打っていたエピソードを見た後では見え方が変わります。
ページを戻して背景一つ一つの点をじっくり見て、改めてその労力とやっていることの凄さに驚かされました。
②作者の謙虚な人柄
村澤さんは何度も挫けそうになりながら作画に励んでいますが、
その姿は牧歌的な雰囲気で淡々と描かれていきます。
もっと自分を立てたりドラマチックにすることもできたはずですが、
そうしないのは偏に村澤さんの謙虚な人柄があるからだと思います。
巻末文で京極夏彦さんが書いているエピソードからもそれが窺えます。
村澤さんは昨日今日入った新人ではない。
もう四十年も水木プロを支えて来た人だ。
それなのに、である。
「ここが違う」「ここが駄目なんです」と自分が担当した過去の原稿を見ては反省している。村澤昌夫『水木先生と僕』、2017年、p194
③師・水木しげるへの惜しみない敬意と親しみ
変に持ち上げたり美談にするでもなく、
何十年も昔のことを昨日のことのように回想する村澤さんからは、
水木さんへのリスペクトがひしひしと伝わってきます。
寝台列車の二段ベッドでポルノ本を回し読みしたこととか、
休日にソバ屋で水木一家と出くわした時、なぜか気恥ずかしくなってあわてて店を出たこととか、
露骨にいいエピソードよりも、何気ないやり取りの中に師弟愛を感じました。
『水木先生とぼく』はこんな人におすすめ
水木しげるのファン、水木しげるを知らない人
水木しげるファンにおすすめなのはいわずもがな。
すでに読んでいるとは思いますが…。
そして、水木しげるを知らない人。
水木しげるに興味があるけど作品を読んだことがないという人。
水木さんがどんな人だったのか、どんな人がアシスタントをしていたのか分かるのでオススメです。
自分のやりたいことが分からない人
元々は漫画家になる夢があったのに、それを忘れてアシスタントを極めた。
「これだ」という夢を追いかける人生は素晴らしいと思いますが、
走っている内に当初の目的を忘れていた、違った道を進んでいた。
そんな風に変わる人生もまた素晴らしいと思います。
自分のやりたいことが分からない人は、
目の前の物事に一生懸命取り組む村澤さんの姿勢が参考になると思います。
走っていれば色んな景色(価値観や生き方)が見えてくるし、いつの間にかどこかに辿り着いているかもしれません。
この作品ではそんな一つのケースを見ることができます。
エッセイやノンフィクションが読みたい人
作品もいいけど作者自身が面白い。
水木しげるさんは典型的なこのタイプです。
そんな水木さんを40年以上傍で見てきた人が描いた(ほぼ)ノンフィクションの漫画作品。
これが面白くないわけありません。
エッセイやノンフィクションが好きな人は十分に楽しめると思います。
『水木先生とぼく』の感想
面白かったです!
作中で語られる水木さんの人柄や創作秘話は、他のエッセイや作品で語られていることもあったので目新しさはあまりないかもしれません。
しかし、そこに描かれる具体的なエピソードやアシスタント目線での見え方が入ると、一気に臨場感が増してきます。
当然、これまで読んだことのある水木作品の見方も変わります。
村澤さんと水木さんの関係は大げさな言葉や表現では描かれていませんが、
絵を見れば十分過ぎるほどにその思いが伝わってきます。
40年以上も一緒に何かを作り続けるって普通じゃありません(もちろんいい意味で)。
数々のエピソードや何でもない日常風景をそのまま作品にした凄い作品だと思いました。
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